創立50周年の節目を祝うために、私たちは多彩なイベントを通じて、皆さまと一緒に楽しみ、学び、交流を深める機会を提供したいと考えております。記念式典から、和太鼓イベント、講演会など、多くの方がご参加いただけるイベントを企画しております。皆さまと各種イベントの会場でお会いできることを心より楽しみにしております。
本ページでは、創立記念イベントにまつわる情報を発信してまいります。
ボストン日本語学校が校舎をお借りしているメドフォード市の市庁舎前で桜の木の贈呈式が行われました。
Breanna Lungo-Koehn メドフォード市長、髙橋誠一郎 在ボストン日本国総領事、川村武弘ボストン日本語学校校長、五味露敏ボストン日本語学校理事長を始め、ボストン日本語学校関係者、そしてボストン日本語学校がメドフォード高校内に設立された際に多大なご尽力を頂いた、旧メドフォード市長で元下院議員のPaul J. Donato議員も参列されました。
お天気にも恵まれた水曜日の午後、これまでのメドフォード市とボストン日本語学校との長い歴史を振り返り、桜の木の成長になぞらえて、これからも互いの友好な関係性を維持、発展させていくことを祈念した、和やかな贈呈式となりました。
Breanna Lungo-Koehn メドフォード市長ご挨拶
髙橋誠一郎 在ボストン日本国総領事ご挨拶
川村武弘ボストン日本語学校校長ご挨拶
五味露敏ボストン日本語学校理事長ご挨拶
植樹式の様子
1980年に姉妹都市延岡市からメドフォード市に贈呈された石灯籠
植樹式の様子
生徒会主催で放課後に50周年記念 夏祭りが実施されました。5月の大運動会後、あまり準備時間も取れない中、生徒会の皆さんの力強いリーダーシップとチームワークで実現できました。
あいにく、おりからの雨で少し肌寒い中での実施となりましたが、色鮮やかな浴衣姿の生徒会メンバーが案内する各出し物にはどれも長蛇の列ができておりました。
日本の夏祭りを懐かしく思い出す人、初めて体験して新鮮に感じる人、それぞれに素晴らしい日本的夏時間を過ごせたのではないでしょうか。
たなばたや
スーパーボールすくい
金魚すくい
ボーリング
輪投げ
的当て
5月24日に実施された50周年記念 大運動会。もともと前週に予定されていたものの雨で順延され、24日当日も何度か通り雨に見舞われましたが、なんとか全てのプログラムを無事終えることができました。
いつもは小学部以上が参加している大運動会ですが、50周年を記念して、幼稚部の皆さんも途中で玉入れに参加することができました。全校生徒がグラウンドに集まって、上空からのドローンで記念撮影を行いました。
ドローンでの撮影の様子
生徒の保護者であるThomas Wentworthさんがドローン操作をしてくださいました。
創立50周年記念のキックオフイベントとして、11月23日(土)にブラウン大学の和太鼓チーム「幻道太鼓」による演奏を頂きました。多くの日本語学校の生徒さんや保護者の皆さんにご参加いただき、イベントは大盛況に終えることができました。
「幻道太鼓」による迫力ある演奏、伝統的な和太鼓の音色と現代的なリズムの見事な融合が、約250名の日本語学校の生徒や保護者の皆様に感動的な体験を提供しました。文化の多様性を体現する「幻道太鼓」の皆さんに、素晴らしいパフォーマンスを披露していただけたことに、心より感謝申し上げます。
幻道太鼓(Gendo Taiko)について
ロードアイランド州に位置するブラウン大学、ロードアイランドデザイン学校の生徒により構成された和太鼓演奏グループです。伝統的な楽器である和太鼓は、日本では神社でのご祈祷や夏祭り、舞台などで演奏されますが、北米ではジャズの影響を受けたアンサンブルの「組み太鼓」が一般的です。幻道太鼓は、プロビデンス、ボストン、ニューイングランドを中心に様々なイベントで日本・アジアの文化を誇りに和太鼓を演奏しています。
当日のプログラム
2ページ目の演目部分に当日の演奏シーン(YouTube)へのジャンプリンクがあります。
イベントの様子
演奏者(卒業生)へのインタビュー
「幻道太鼓」の演奏者の1人で、ボストン日本語学校の卒業生でもあるクーティー・オウエンさんに演奏後にお話をお聞きしました。
クーティ・オウエンさん(Cootey, Owen )
現在、ブラウン大学4年生 機械工学専攻( Mechanical Engineering)
ボストン日本語学校在籍期間
2006年に年少から入学し、2020年に高校部2年で卒業するまで在学
ボストン日本語学校での思い出
高校部の時、ボストン日本祭りのブースでお好み焼きと焼きそばを作って売ったこと。先生が準備から運営までをサポートして下さり、日本語学校の友達と一緒に日本文化を紹介するという経験ができ、大変楽しくて良い思い出になりました。これは日本語学校にいたからこそできた貴重な体験だったと思います。
日本語学校での経験が今にどうつながっているか
日本語の勉強だけでなく、カルタ大会・書き初め・運動会などの体験が自分の中に深く根付いています。また長期休みで日本に帰った時に現地の学校に体験入学しましたが、全く違和感なく現地の学校に馴染むことができてとても楽しい貴重な体験ができました。それが活かされて、現在、ブラウン大学でも日本語学科のTeaching Assistantとして日本語を学ぼうとする学生をサポートをしています。
50周年を経た日本語学校に対してのお祝いコメント
子供の頃は土曜日がつぶれるのが嫌な時もあったけど、アメリカにいながら日本文化に触れることで、よりグローバルな考え方ができるようになったと感じています。また、日本語学校で築いた友人関係も今の自分の大切な資産となっています。50年間目を迎えた日本語学校に通う皆さんへ、ここでの経験がいつか必ず自分のためになるので、頑張って続けて次の10年、20年と次の世代へつないでほしいと思います。
演奏後のオウエンさんは、キラキラした瞳で日本語学校の思い出や学校生活、そしてそれを根気強くサポートし続けてくれたお母様への感謝とともに、在学生の皆さんへのエールを送ってくださいました。
素晴らしい演奏と貴重なメッセージをありがとうございました。